★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルがポンドにリンクしていたのは、イギリスの植民地であるという経緯によるものであるが、ポンド離れをする日がやってきました。
そのきっかけは、1967年2月のポンド切下げでした。
ホンコン・ドルも11月19日にポンドと同率の1422%の切下げを発表したが、11月23日には10%の切上げを行いました。
ホンコンは仲継貿易港から軽工業国に成長しつつあったし、ホンコン製品の価格競争力は強かったので、イギリスのように大幅の切下げを行う必要はなかったのです。
★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルがポンドにリンクしていたのは、イギリスの植民地であるという経緯によるものであるが、ポンド離れをする日がやってきました。
そのきっかけは、1967年2月のポンド切下げでした。
ホンコン・ドルも11月19日にポンドと同率の1422%の切下げを発表したが、11月23日には10%の切上げを行いました。
ホンコンは仲継貿易港から軽工業国に成長しつつあったし、ホンコン製品の価格競争力は強かったので、イギリスのように大幅の切下げを行う必要はなかったのです。
★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルは1935年以降、その価値をポンドにリンクしていたそうです。
そして、為替基金は、1ホンコン・ドルの価値を1シリング3ペンスを中心とした水準におさえていました。
ホンコン・ドルは第2次大戦後もポンドにリンクしていたので、1940年にポンドが切下げられた際にも、ホンコン・ドルは自動的に追随しました。
なお、1935年以前は、ホンコン・ドルの価値は銀にリンクしていました。