大仁田厚
昭和57年7月30日、川崎市で、前王者だったチャボ・ゲレロのリターン・マッチ戦に、ダブル・フォールで、その世界タイトルはNWA本部あずかりの裁定となりました。
その結果、空位の王座決定トーナメントにおいて、マイテイ・井上がNWA認定世界ジュニア・ヘビー級チャンピオンを獲得しました。
昭和59年12月2日、大仁田は、マイテイ・井上の王座に挑戦する。
そして、このタイトル・マッチ成らねば引退をかけると宣言しての試合だったが、王座奪回は成らず、昭和60年1月3日、後楽園で盛大な引退セレモニーを行ってプロレス・マットを引退し、実業界に転身、プロレス界から去ってしまいました。