グラン・浜田
昭和59年7月、全日本プロレスとUWAの業務提携によって、正式に全日本プロレスへの参戦が決定し、8月のスーパーパワー・シリーズ、10月のジャイアント・シリーズに参加するため来日、全日本プロレスのマットで、華麗なその"マリポーサ殺法"の大活躍ぶりを見せる。
昭和59年11月18日には、メキシコのエル・トレオで、グラン・コオーセを破ってNWA世界ミドル級チャンピオンを獲得。
昭和60年には、正月早々から、全日本プロレスのジャイアント・シリーズに来日して活躍した。
小柄の身体をまるで時計の振子のようなスイングわざの動き、広いマットいっぱいに駆使する立体戦法の活躍ぶりは、"小さな巨人"の異名で人気を盛りあげていました。
メキシコのUWFのライト・ヘビー級チャンピオン。