★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルがポンドにリンクしていたのは、イギリスの植民地であるという経緯によるものであるが、ポンド離れをする日がやってきました。
そのきっかけは、1967年2月のポンド切下げでした。
ホンコン・ドルも11月19日にポンドと同率の1422%の切下げを発表したが、11月23日には10%の切上げを行いました。
ホンコンは仲継貿易港から軽工業国に成長しつつあったし、ホンコン製品の価格競争力は強かったので、イギリスのように大幅の切下げを行う必要はなかったのです。
★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルがポンドにリンクしていたのは、イギリスの植民地であるという経緯によるものであるが、ポンド離れをする日がやってきました。
そのきっかけは、1967年2月のポンド切下げでした。
ホンコン・ドルも11月19日にポンドと同率の1422%の切下げを発表したが、11月23日には10%の切上げを行いました。
ホンコンは仲継貿易港から軽工業国に成長しつつあったし、ホンコン製品の価格競争力は強かったので、イギリスのように大幅の切下げを行う必要はなかったのです。
★ポンドからの離脱
ホンコン・ドルは1935年以降、その価値をポンドにリンクしていたそうです。
そして、為替基金は、1ホンコン・ドルの価値を1シリング3ペンスを中心とした水準におさえていました。
ホンコン・ドルは第2次大戦後もポンドにリンクしていたので、1940年にポンドが切下げられた際にも、ホンコン・ドルは自動的に追随しました。
なお、1935年以前は、ホンコン・ドルの価値は銀にリンクしていました。
草津温泉から北へ約15キ、長笹沢川の上流部に湧くのが尻焼温泉である。
ここは全国的にも珍しい、天然の川そのものが温泉となっているところで、ほかは「カムイワッカ」、「川原毛」、「山ん城」、南紀の「川湯」などだが、ここの特色は川幅があり、かつ深いことである。
川全体から湯気がもうもうと立ちのぼる様は壮観だし、雨量によって水深は左右されるが、泳ぐことももちろん可能。
私が優勝したテレビの温泉番組のロケ地にも選ばれ、「川を泳いで、問題を取ってきて答える」という出題方法で苦しまされたので、記憶にも強く残っている。
泉質は芒硝石膏泉で透明だが薬味強く、湯の香りはしっかりある。
川底から無尽蔵に湯が湧き出すために温泉成分を色濃く残しているのだろう。
雨の少ない季節にはこの温泉が川の始まりになっていることもあり、ここより下流へ渓流となって注ぐ様は、なんとも豪快なものだ。
ここら辺り一帯の川原の石は、温泉の成分によって茶褐色に染まり、それだけでも見ごたえがある。
こんなにも珍しく貴重な温泉が、なぜ天然記念物に指定されないのだろうか。。。
湯の川が19mもの滝となって落ちる、ご存じ日本を袋する湯滝である。
主流となって流れ落ちる滝の下は、打たせ湯なんて甘っちょろいものではない。
滝による風圧だけで体が揺れてしまうほど豪快なものだ。こ
の滝の上を見に行かれたことがあるだろうか。
滝上の源泉地帯には97度の強酸性泉が湧き、そこは日本三大地獄の一つにも数えられる荒涼とした地獄の風景が広がっているのだ。
以前、この滝の上流にある「泥湯温泉」という湯治場に泊まった時、川原毛地獄までの2㎞あまりの砂利道を歩いて行ったことがある。今では良い道が「秋ノ宮温泉」までつながったが、当時は淋しい道だった。
地獄もまた恐ろしいほどの殺伐とした光景をみせる。
白い岩肌が露出し、所々に黄色い部分もあるが、岩間から噴気も上がっている。
世界がハイキーに飛んでしまい、異次元に迷い込んだようだ。
とてもこの世のものとは思えない、まさに地獄であった。
かつては南部恐山、越中立山と並んで日本三大霊地の一つとされていた。
そこからさらに下流へ行くと三途川渓谷もある。
黄山は、東に屈斜路湖、西に摩周湖硫とい毫の湖にはさまれ藻高510mの活火山。
南北で違う山容を見せるのも面白い。
北にある川湯の方から見ると噴気をあげて壮観だが、南から見るとゴツゴツした岩石ばかりの山肌と対照的なのだ。
その山腹にあるのが「民宿野村」が掘った硫黄山温泉である。
強い硫黄臭を放つ露天風呂で、背後の黄茶色に染まった硫黄山の岩と、下界の山麓一帯に広がるシラカバ樹林は、他にはちょっと例のない〃地獄絵巻"。
これぞ野湯、といった趣をもつ。
今回で3回目の入湯だが、雨に流されるのか毎回、状況が変わっている。
最初に訪れた10年以上前は、ひょうたん型のポリ浴槽は埋めてあり、2回目は木の浴槽が新たに作られてポリは地上に置かれる形に。
しかし今回はポリのみで場所も少し上にずれ、木の浴槽は土砂に埋まっていた。
湯温も最初の訪問時は熱くて入れないほどだったが、今回はぬるくなっており、源泉の渇泉のこともちょっと心配である。
北海道では2番目の規模を持つ火山の陥没によってできたカルデラ湖である。
そのため湖畔には多くの温泉が湧き出しており、この「砂湯」も誰もが立ち寄る観光スポットとして有名。
お土産処や駐車場まで完備されている。
湖畔の砂浜をちょっとでも掘れば温泉が湧き出ることで知られ、訪れていた観光客は砂を10㎝ほど掘って、「あたたかい!」と口々に感嘆の声をあげている。
その一角に、木の枠で囲った1.5m四方ほどの風呂が2つと、コンクリートで囲った円形の小さな湯舟がひとつ。
ここで地元の人やキャンパー達などは観光客がいなくなった夜にこっそり入っているという。
白昼とはいえ、やはりここも入らなくてはなるまい。
おみやげ処のお姉さんに入っていいのか尋ねると、「いいですよ」とのご返事。
しかし足をつけると、さすがに57度という熱湯では入れない。
バケツを貸してもらい、湖から水を運んで温度を調整しながら入浴した。
屈斜路湖の南に突き出た和琴半島の先端に「オヤコツ地獄」という噴湯があるのを知ったのは数年前のこと。
写真を見て、行ってみたいといつも思っていた。
やっと念願叶ったわけなのだが、確かに黄茶色になった崖の横に、シューッという音と共に少しだけ噴気があるにはある。
しかし、湯は少しだけで、入れるようなところはどこにもない。
岩手県の滝ノ上温泉の「鳥越の滝」と似ている気がする。
夏場は湖に岩で堰を作って地元民やライダーが入っているらしいが、取材したのは気温2度ほどの春先。
前日の...嵐のためか水圧で縁が崩れて湖と同化してしまっている。
浅くなっているところで入ったが、上だけ熱く足元は冷たい水だった...。
和琴半島は、カルデラ内部に噴出した溶岩円頂丘が発達した砂州によってできたもの。
江戸時代にはまだ火山活動が活発で、対岸からはマグマで赤く見えたとされる記述も残っている。
しかし今では沈静化し、その名残りがこの地獄。
そうした悠久の歴史に思いを馳せられただけでも、成果があったとしておこう。
久しぶりの更新になります・・・
ここまで鮫のブログを書き続けてきましたが、
心境の変化というか新規一転といいますか。。。
元々の趣味でもあった温泉について、これから少しづつ書いていこうかなぁと思っております。
まず一つ目の更新として北海道の温泉を紹介させていただきます。
屈斜路湖の遊覧船乗り場から東側に300mほど行ったところ、湖畔へ出られる道げ先にあるのが「㈹イソの湯」である。
しかし、行ってみても風呂らしきものがない。単なる湖畔の砂浜なのだ。
あっちを見、こっちを堀りしてかなり探した末、「ここが源泉か?」と疑わしき場所がなんとなくわかった。
こんな原始的な湯はいつも感動的だ。
まず波よけの石を積み上げ、そこへ砂を掛けていき、防波堤のようなものを造る。
それから源泉らしき地点を掘ること約30分。
岩に突き当たると、その割れ目から熱い湯がどんどん出てきてたまり始め、湖に突き出した形で一人分の湯船が完成した!
湯の水面は、見る間に湖水面と同じ高さになり、けっこう熱い湯がお尻に当たって快感である。
当日は快晴、空はどこまでも青く、湖面は光が反射してまぶしい。
中島も見えてこれ以上の爽快感はない。
堀跡があったわけでもなく、ゼロから手掘りをしたのは私も初めての体験である。
山登りにも似た達成感があって、いつもこれをやっている野湯愛好家の気持ちがよく分かった。
透明で、小薬味、温泉臭のある(芒硝系?)湯だった。
ヨゴレ Carcharhinus longimanus (汚、英名:Oceanic whitetip shark、オーシャニック・ホワイトティップ・シャーク)は、メジロザメ目メジロザメ科のサメ。
ヨゴレザメとも呼ばれている。
世界中の暖かい海に生息している。
体長は4mに達するが、普通は2~3m程度のものが多い。
丸いカーブを描く各鰭の先端部には、白斑が見られる。
きれいな円形ではなく、汚れているように見えることから、
ヨゴレと呼ばれるようになった。
ホオジロザメなどが危険といわれているが、
このサメも危険なサメなので、
見たらすぐに海から上がったほうがよいといわれている。

メジロザメ目メジロザメ科に属するサメ。
名前の由来は、胸鰭と背鰭、尾鰭の先端にある明瞭な黒色の斑紋から。
暖かい海の浅瀬によく現れるようだが、
人を襲うことは少ないらしい。
インド洋、紅海、太平洋などで見られるようです。
珊瑚礁のあるところなどによくいるようです。
水族館ではエプソン品川アクアスタジアムなどで見ることができるようです。